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『死に山』

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死に山

ドニー・アイカー/安原 和見

河出書房新社 2585円(税込)

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本書はまず、巻末の解説から読むのがいいかもしれない。少なくとも僕は、読後解説を読んで、「なるほど!」と感じることがいくつかあったし、読む前に知っておけばなお面白かったかもしれない、と思うからだ。 解説には色々と書かれているが、その中の一つに、「何故<ディアトロフ峠事件>が2010年頃に突然注目されるようになったのか」が説明される。 <ディアトロフ峠事件>がどんなものであるのかは後で触れるが、起こったのは1959年のことだ。何故そんな大昔の出来事が今最近また話題になっているのかと言えば、この事件がソ連時代に起こったからだ。ソ連はずっとアメリカと睨み合っていたし、同時に世界最大の非英語圏だ。だから未だに世界にとって、「ソ連(ロシア)」というのは未知が多い国なのだ。もちろんこの<ディアトロフ峠事件>は、国内では大いに話題になっていたし、著作も多数出版されている。しかし、この事件を英語圏に人が知ったのはごく最近だ。ウィキペディアの英語ページが出来たのが2006年、ロシア語ページが出来たのが2008年だという。解説の中で、インターネットが生まれたことで世の中から「謎めいたもの」がどんどん無くなってしまう中で、この<ディアトロフ峠事件>は、このインターネットの世界においても未だに不動の「謎」としてその特異な存在感を持ち続けているのだ、ということが指摘されている。 そんな事件を扱った本書に対して解説氏は、 【この複雑怪奇なディアトロフ峠事件をめぐる、現時点での唯一にして決定的な読み物となっている】 【そこで著者は当時の記録を綿密に調べ上げて、事件担当者の変遷から調査方法、その発見の様子まであぶりだし、曖昧な情報を排除している。つまりこの記録を読めば、ディアトロフ峠事件における基本的な事実、少なくとも「公開されている事実」のほとんどは俯瞰できると言っていいだろう】 と書いている。読み終わった僕の感覚からしても、確かにそうだろうと思う。なんと言っても著者は、手に入る資料はすべて目を通し、それでも謎が解けず、最後の手段と言わんばかりに、9人が遭難したホラチャフリ山(別名「死の山」)に、彼らが遭難したのと同じ時期に登るという無謀なことをやってのけるのだ。これがどれほど無謀なことかと言うと、例えば、<ディアトロフ峠事件>に関する書籍はロシア国で多数出版されているが、そのどの著者も、真冬のホラチャフリ山に登ったことがない、という指摘で十分だろうか。実際に著者らが登った日も、自力で登るのは諦め、スノーモービルでの移動となったが、それでもかなり危うい思いをするほどの険しい道程なのだ。 【たしかに当初からこの事件に夢中になってはいたが、現実的に人生のどの程度をそれに費やしてよいかわからなかったのだ。】 と書く著者は、この事件の調査中に子供が生まれている。9人が遭難した山に登ってる場合ではないのだ。しかも、著者に協力してくれたロシア人は多数いたが、その誰もが、「何故アメリカ人のお前が、ディアトロフ峠事件なんかを調べてるんだ」と問うてくる。まあその疑問は、確かにもっともだ。何せ著者自身も、そう感じていたのだから。しかし本書の中で著者は、こうも書いている。 【どんな外的事件によって惹きつけられたにしても、私が関心を抱くのはやむにやまれぬ情熱を抱く人々だ】 著者は本来はドキュメンタリー映画作家であり、映像の方で「やむにやまれぬ情熱を抱く人々」をこれまで撮ってきた。そういう意味で、難しいルートに挑もうとする9人のトレッカーたちの情熱に著者は惹かれたのだし、本書では、遺された日記や写真、そして客観的な証拠などから、9人の若者たちがホラチャフリ山に挑む過程をつぶさに描き出していくのだ。 さて、そろそろ<ディアトロフ峠事件>について書こう。まずこの「ディアトロフ」というのは、9人の内の一人の名前だ。イーゴリ・ディアトロフ、類まれな技術力と統率力を持つ、まさにリーダーに相応しい人物だったと多くの人が証言する、9人のトレッカーたちのリーダーだ。 ウラル工科大学の学生をメインとした10人(実はこの事件には生存者がいる。9人が謎の遭難をするずっと以前に、体調を崩したために下山を余儀なくされたユーリ・ユーディンだ)は、入念な準備をし、陽気な若者と言った感じでトレッキングを始め、そして2月1日にホラチャフリ山にアタックした。そしてその後、行方がわからなくなった。 まず彼らの家族が心配をし、ようやく大学が重い腰を上げ、調査に乗り出す。やがてイヴデル検察局が、行方不明事件について犯罪捜査を命じ、大規模な捜索が行われた結果、最終的に9人全員の遺体が発見された。 しかしその死に方は、あまりにも奇妙としか言いようがないものだった。 彼らは、ホラチャフリ山の斜面にキャンプを設営し、夜を明かそうとした。そのテントはほぼ無傷で残っていたが、そのテントには誰一人残っていなかった。そして9人は、テントから1キロ半ほど離れたところで、バラバラで見つかった。氷点下の季節であるのに碌な服も着ておらず、ある者は舌を失っていたり、ある者はかなり大きな衝撃を受けたことによって死亡した。ほぼ全員が靴を履いていなかった。テントには刃物で切られたような痕があったが、しかしテントの周辺には、9人以外の足跡は発見されなかった。また、彼らの衣服からは大量の放射能物質が検出されたという。 捜査官は、国からの圧力があったのか、短期間で捜査を打ち切り、9人は「未知の不可抗力」によって命を落とした、と報告書には書かれた。 これが<ディアトロフ峠事件>の全容である。 この事件に対しては、情報がほとんど存在しないこと、さらに国内ではよく知られた情報があまりにも不可解であるために、突飛なものを含む様々な仮説が生み出された。雪崩、吹雪、殺人、放射能被爆、脱獄囚の攻撃、衝撃はまたは爆発によるショック死、放射性廃棄物による死、UFO、宇宙人、狂暴な熊、異常な冬の竜巻、最高機密のミサイル発射実験を目撃したせいで殺されたなどなど、様々な仮説が存在している。 しかしどれも決定打に欠ける…というか、本書を読むと理解できるのだが、遺された証拠と合わないのだ。どんな可能性を考えても、どこかで整合性が取れない。しかし、あそこで何かが起こったことは間違いない。著者はそれを、執念とでも言うべき根性で解き明かしていく。 本書では、著者なりの結論が提示されている。それをここで明かすことはしないが、なるほどそれはメチャクチャ説得力のある仮説だな、と感じた。なるほど、確かにこれが真相であれば、50年以上前に原因が判明しなかった理由も納得出来るし、著者がそれを解明できたのも納得という感じだ。もちろん、それがどんな仮説であれ、これが<ディアトロフ峠事件>の真相だ!と100%断言することは永遠に出来ないが、少なくとも、本書を通読し、巷間で言われている様々な仮説よりは、本書で著者が提示する仮説の方が遥かに信憑性があるな、と感じた。 本書は、「1959年に10人のトレッカーがどのような流れでホラチャフリ山へと至ったのか」と「1959年に9人の捜索に当たった者たちがどう動いたのか」と「2010年からこの事件を著者がどう調べていったのか」という三つの視点が混在して展開されていく。1959年の記述については、様々な資料やまだ生きている人の証言なんかを繋ぎ、さらに恐らく多少の想像力も付け足しながら、まるで見てきたかのように描き出していく。そして2010年以降の記述は、著者の主観を全面に提示しながら、ノンフィクションっぽくない感じで展開されていく。僕は正直なところ、<ディアトロフ峠事件>の真相だけに興味があって読んでいたので、10人のトレッカーたちがどんな風に山へと向かっていったのか的な話は、あまり興味がなかった。捜査の過程は、捜査に携わっていた者たちの驚きと共に、衝撃的な新事実が明らかになっていく、という点が面白かった。そして、著者自身の取材の過程は、個人的にはさほど面白くはなかった。面白いと感じる箇所もあったけど、全部がそうというわけではなかった。というわけで、個人的な僕の読み方としては、本書は全部まるごと面白かったわけではない。それでも、<ディアトロフ峠事件>という異様な事件と、その斬新きわまる仮説の提示、そして著者の執念みたいなものが入り混じって、本書全体としては満足度が高かったと思う。ホントに、良くもまあ調べたものだ、という感じがする。お疲れ様でした。

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長江貴士ながえ・たかし

書店員

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